奉仕とは? ~単なる人助けのことではない!~

オーラ診断がスタートして、自分のオーラを高めようと関心を抱いている人が増えているようです。良いことですね。
ヴァイオレットのオーラのテーマに「奉仕」というものがあります。
よく聞く言葉ですが、本質的な意味はほとんど理解されていないので、ここで解説をします。

奉仕とは?「身を粉にするほどの献身」のこと。ただの人助けでは不充分。

奉仕という言葉の定義については、世界中様々な人の間で、微妙に異なります。一般的に、無報酬で何か人のためにする行為を奉仕と呼びます。
しかし、霊的真理のうえでの奉仕とは、「身を粉にするほどの献身」です。
「身を粉にするほど」というのは、「自分の半分を差し出す」くらいの壮大なものです。

たとえば、1週間のうち4日間を森林保護活動に充てるなら、奉仕活動と言えます。(森林保護の事業なら、お金を得ているので奉仕ではありません)いえ、それを10年くらい黙々と続けて、ようやく奉仕と言えます。
たとえば、全財産の半分以上を寄付するなら、奉仕と言えます。しかし、半分を投げだしてもまだ何百万もの貯金があるなら、奉仕とは言えません。
多くの富裕者が1千万円、1億円のお金を寄付して、「奉仕的だ!」とあがめられていますが、彼らは資産の1/100を寄付しているにすぎず、「奉仕」ではないのです。「善行」とは言えますが。

奉仕とは?その具体例。

奉仕がどのようなものか、身近なところで具体的を示しましょう。
このサイトの管理人様です。
このサイトについて」のページを読まれた方は、ご存知かもしれませんね。
このサイトは、管理人様の奉仕活動によって誕生しました。

彼の守護存在が、彼にこう言いました。
「チャネリングに基づいた誕生日占いのサイトを作ってください。365日ぶんの診断ページを作るだけでも1000時間はかかるでしょう。それでもやれますか?」と。
彼は、「YES」と答えたのです。
当初は広告バナーなど貼っておらず、収益はなく、完全に無報酬労働です。彼は貧しい暮らしをしており、月収10万円に満たないくらいで生活しています。そんな、遊ぶゆとりもない人間が、1000時間以上もかかる無報酬の壮大なプロジェクトを請け負ったのです!
しかも、彼はチャネリングを得意としてはおらず、チャネリングを請け負うべき人間ではないのに、です。
まるで得意でもない、楽しくもない、単調で苦痛で長い時間のかかる作業を、彼は延々と続けたのです。誰も知らないところで。

簡潔に書きましたが、これだけでも「奉仕」というものがどれだけ無私なものか、おわかりいただけるでしょう。
(注 管理人様は、ペンジュラムを回します。ペンジュラムだけで文章を書くことは非常に難しく、スキルが要り、時間がかかり、大変なことなのです!霊聴よりも数倍は大変です。)

というわけで、管理人様は今でも生計に困窮していらっしゃいます。皆さん、オーラ診断を買う、友達に贈る、友達に紹介するなどして、管理人様を応援してあげてください!特にこのサイトをよく読む方は、お礼として還元すべきです。

皆が煙たがったチャネリングの奉仕・・・

ではなぜ、アセンテッドマスターはチャネリングを得意としない彼にこのプロジェクトを依頼したのでしょうか?
誰もやらなかったからです。
チャネリングで文章を作っていくようなことは、霊聴を扱うチャネラー・スピリチュアリストの得意分野です。アセンテッドマスターは、そこそこ次元の高い霊聴のチャネラー達に、このプロジェクトを依頼して回りました。しかし、誰もが首を振ったのです。「1000時間?無報酬?冗談じゃない!」と。

チャネラーがアセンテッドマスターなどの言葉をチャネリングして文章に起こしているものが、巷にはあります。幾人かはそれを請け負っていますが、それはあくまで、そのチャネリングが本になって収入になるからです。「神との対話」などのことですね。
ブログで執筆されているものもありますが、あくまで10記事程度のものです。総作業時間は10時間程度なものでしょう。また、多くはサイトの(執筆者の)売名のために使われているにすぎません。
誰もがこのように、自分に利益があるか、少しの手間で済むものなら請け負うのですが、1000時間もかかり報酬も利益もない、楽しくもないものは拒絶します。「奉仕をする気が無いから」です。ちょっとした人助けをする気概があっても、奉仕をする気はないのです。身を粉にするほどに献身をする気はないのです。

実は、私れなも、誕生日占いの作成を依頼された一人でした。
私もまた、「1000時間?冗談じゃない!」と一蹴しました。
しかし後になって、知人である管理人様がこのプロジェクトを担っていると知ったとき、自分の心の狭さに愕然としました。格の違いを見せつけられた思いでした。
私は、自分はそれなりに奉仕的な人間だと思っていたのですが、ただちょいちょいと人助けをして自己満足に浸っていただけなのだと、気づかされました。
愕然としました。しかし落ち込んではいられません。

好きなことをやっているのは、奉仕とは言えない。

長期間にわたるものであり、無報酬のものであっても、自分の好きなことを好きな方法でやっているなら、それは「奉仕」とは言えません。ここには注意が必要です。

たとえば、犬が大好きな人が、捨て犬を10匹も飼って世話することは、奉仕とは言えないのです。

たとえば、音楽の好きな人が曲を好きなように作って販売し、売上金を寄付しても、奉仕とは言えません。

たとえば、子ども食堂の主を無報酬で手伝い続けるとしても、自分の好きなものばかり作ったり、「18時~19時にしましょうよ」などと勝手に方針を決めたり、「子どもがナマイキだからもう辞めます」などと言って勝手なタイミングで去っていったりするのは、奉仕とは言えません。

たとえば、好きな人の取り組みを手助けし、好きな人との交流に恍惚しているなら、それは奉仕とは言えません。(これは「尽くす恋愛」で、奉仕を学ぶプロセスとして価値はあります。)

家族親族に対する献身は、奉仕とは言えない。

自分の子供や年老いた親のために、毎日遊びもしないで献身する人がいます。
とても胸を打たれる姿ではありますが、これも奉仕とは言えません。
家族の世話は血族的な義務であり、やって当然なことなのです。これは第1次元レッドのテーマになります。
また、家族を世話する場合、それは子供の給与や親からの遺産という形であなたにも見返りがあります。親族には互いに介護の義務がありますが、それと同時に遺産を受けとる権利があります。ここには対価が発生しますし、人は無意識的に、親族への献身はこうした見返りがあることを理解して特別扱いしており、奉仕精神とは異なるのです。
奉仕とは、「利害の関連しない赤の他人」に施すものを指します。

自分を攻撃する人にも献身するのが、奉仕。

奉仕精神があるかを問われるプロセスにおける「奉仕行為」では、相手を選んでいてはいけません。
あなたが好きな人だけでなく、無関心な人のためにも同じように体を張ることが必要です。それだけでなく、あなたを憎み攻撃してくるような人のためにも献身する器量が必要です。
たとえばイエスキリストは、犠牲愛の尊さを示すために、彼に石を投げつける人々のためにも体を張り、処刑台に上がりました。
マザーテレサ―は、働きもしない人々のために病院を作りました。
奉仕の精神を示すには、こうした平等的な献身を見せる必要があります。もちろん、長期に渡って。

しかし、いつまでもそれを続ける必要はありません。
あなたの守護存在が、「あなたに奉仕精神・人類愛があることはもうわかった」と判断しなら、あなたを憎み攻撃するような人への献身はしなくて良いです。
あなたを攻撃する人にまで献身を向けると、あなたは朽ちてしまうからです。
死んでしまっては困るので、そうした壮絶な奉仕はもうストップです。
以降は、相手を選んで献身をすればよいです。
一般的にこの選り分けは、アセンション文明に移ってアセンション達成者に向けて献身する変化を言います。そうして結果的にギブ&テイクになるように配慮されます。アセンション文明で献身していれば、必ずあなたの衣食住は守られます。
しかし現代日本ではアセンション文明への移住はほぼ不可能なので、実生活の中で、献身する相手を変えていきます。
あなたがアセンションの条件を満たした場合、あなたの守護存在は、攻撃的な人々からあなたを隔離しようと努めます。たとえば不誠実な人の多い一般社会には勤めずに生活できるように、仕事をアドバイスしたり、他の人にあなたの衣食住を支えさせたりします。在宅仕事を促される人が多いでしょう。
とはいえ、守護存在はあくまで「隔離に努める」だけです。守護存在がどれだけ知恵を働かせても、あなたを攻撃的な人から避け続けることができないときもあり、人と衝突したり罵声を浴びせられたり、殴られたりしてしまうこともあります。

たとえば、私れなはこのサイトのコラム執筆において、名前を出してはいますが素性を明かしていません。何県に住む何歳の何者なのか、誰も知りません。誰も私にメールや手紙を送ることはできません。それによって、頻繁にリーク的な内容の記事を書く私を、批判者の攻撃から守ってもらっています。
私はアセンション達成者ではなく、奉仕の達成者でもないのですが、特例的にそのような配慮をしていただいています。

奉仕をしていると、ダメ出しをいっぱいされます。

奉仕は、それを指示する誰かがいるものが多いです。監督者です。監督者はビジョン(目的意識)を持っており、そのビジョンを形にするために励んでいます。そのため、あなたがその手助けをして、「こんな看板を作りました。どうです?カワイイでしょう?」と微笑んでも、「作り直してください」と言われたりします。
あなたの好きなものを作るのが目的ではないからです。何か施してあげればよいというものではないのです。
監督者が目指す目的・結果に対して、沿えるものではなくては意味がないのです。沿えないならダメ出しが入ります。そこでふてくされていては、奉仕はできないのです。
これはなかなか難しいことです。「無報酬でやってあげてるのに、細かい注文しないでよ!」と、多くの人はふてくされてしまいます。

奉仕をやりきる人というのは、ダメ出しをされても屈せずにがんばり続けます。

奉仕は、2次元未満ではまず無理です。

つまり、奉仕をするためには、並々ならぬ忍耐力と体力が要ります。感情をあらげない精神性が要ります。
2次元を達成できていない人は、途中で文句を言ったり怒りだしたりするので、「真の奉仕」はまず無理です。「ちょっと奉仕的なこと」を行ってヴァイオレットのオーラを上げることは可能ですが。

実際問題としては、やはり6次元程度に達していないと無理です。
監督者のニーズに応えなければなりませんから、様々なことができなければなりません。

力量が足りないとわかれば、引かなければならない。

奉仕は、継続し続けることが大切ですが、時には引かなければなりません。
奉仕のプロジェクトには目的があり設計図があるのです。あなたがその目的に沿うものを提供できないとき、あなたがどれだけやる気に満ちていても、「足手まとい」になってしまうのです。「不器用でもがんばる」というのは、美しいことではありますが、奉仕のプロジェクトの中で主張すべきことではありません。それはわがままです。
監督者のニーズに沿えないなら、おとなしく引きましょう。
これは、奉仕ではなく「奉仕的なこと」についても言えます。
人助けをしたいなら、人の足を引っ張らないようにしましょう。人に迷惑をかけないようにしましょう。

奉仕をする前に、「償い」をしましょう。

誰か、あなたが迷惑をかけてしまった人はいませんか?大きな派手なことをする前に、その人に償いをしましょう。謝罪をして菓子折りを贈るのではなく、彼があなたからこうむった被害を、あなたがきちんと補填すべきです。多額のお金が必要になることもあるでしょう。しかしそこから逃げてはいけません。
罪悪感や損害を、他の奉仕で帳消しにしようと考えるのは、健全ではありません。まずは迷惑をかけた人に償うべきです。
死んでしまった親などに償いたい場合は、他の人に向ければよいです。

大きな組織を助けても、あまり意味は無い。

近年、事業者たちの慈善団体のようなものが増えています。環境保護などの活動をしており、そこに富裕事業者たちが資金援助をしたりしています。
このような組織は、すでに莫大なお金を持っており、彼らが号令をかけるなら大勢の人が動きます。ですから、このような組織にあなたが加勢することは、あまり意味がありません。(むしろ、良くないです)
奉仕をしたいなら、貧しいのにがんばっている人を助けてください。
重要なのでもう一度言います。
奉仕をしたいなら、貧しいのにがんばっている人を助けてください。

事業者たちの団体に、本当に奉仕している人は少ない。

事業者たちの集う慈善団体のプロモーションなど見て、魅了される一般人は多いです。
しかし、事業者たちの団体に、本当に奉仕をしている人はほとんどいません。
彼らは、「その団体に加入すれば富裕者と大勢知り合いになれる」という下心からそこにいるのです。自分の仕事を売り込み、仕事や大金を得たいのです。そうして得た大金の一部を寄付しているだけです。
色々役員活動をしているとしても、顔を広げて人脈や名声を得たいのです。
本当に奉仕をしたい人は、富裕者の輪の中には入っていきません。貧しい人々と関わろうとしますし、「お金を介在しないサービス」のようなものを発展させようとがんばります。

 

奉仕というのは、とても難しいものなのです。
大抵の人は「奉仕的な善行」しか出来ていませんし、または「奉仕していると見せかけて偽善」をしているだけです。
6次元(ヴァイオレット、奉仕の次元)を達成できる人はほとんどいないです。有名な人の中では、マザーテレサくらいのものです。他の偉人たちは、「真の奉仕」には達していません。

ちなみに、私れなも奉仕の精神には達していません。
それを目指してがんばっているつもりではありますが・・・。

れなさん

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